御利益体験談
第22集

塚本さんの参篭修行

熊本県 IY

 もうひとつの話も戦前のことで、やはり筑後市の塚本さんの話です。塚本さんは小さい頃から身体が弱く、結核を患っておられたそうです。結核は現在ではほぼ撲滅されましたが、昭和三十年代くらいまでは不治の病と呼ばれていた病気です。当時は結核と診断されると自宅で療養するか、町から少し離れた結核療養所に入院するしかありませんでした。

 現在の蓮華院では行なっておりませんが、当時は何日間かお寺に参篭修行して病気などを治す「おこもり」という制度がありました。病院ではなく、蓮華院に「入院」したわけです。この制度は昭和三十年代くらいまで続いておりました。

 大奥様によると、常時二十人から三十人ほどの人たちが参篭しておられました。大奥様はこれらの人たちを含む数十人分の生活の世話で大忙しで、それは並大抵の苦労ではなかったそうです。中でも毎日の食事の世話はことさら大変でした。炊事はもちろんですが、食料の買出しは食料品店では経費がかかるので、野菜市場の組合員になり、セリに参加して食料を買っておられたそうです。

 とにかく、自宅療養するほど悠長にしておられず、結核療養所に入るには費用がかかるし、どうにか信仰の力で結核やその他の病気を治したい人たちが、蓮華院の霊験あらたかなことを聞き知り、「おこもり」と呼ばれる参篭修行をしておられました。

 参篭修行の期間は、ほぼ一ヶ月から三ヶ月くらいだったと聞いております。開山大僧正様からたとえば一ヶ月の「おこもり」と霊示されますと、お寺で皆さんと一緒に一ヶ月間生活を共にし、朝夕の勤行はもちろんのこと、日中は各自の出来る範囲で、寺内の仕事をしていたわけです。

 女性はたとえば炊事や、建物内のお掃除、男性は境内の掃除や力仕事、特に中興してしばらく蓮華院は常に何かの普請をしていたので、男女を問わず大工仕事や左官仕事の手伝いなども多かったと聞きます。今の言葉でいうと、作業療法ということが出来るでしょう。当時でも今でも結核に作業療法というのはないかもしれませんが、とにかく参篭修行の人は、どんな人でも作業をやっておりました。

 このようなわけで塚本さんも、結核で皆さんと一緒におこもりをしておられたわけですが、「入院」時は痩せて力仕事もままならない状態でした。「おこもり」のときは、皆遊んでいるわけにはいけません。作業時間中に身体がきついといって、あるいは自分は病気だからといって怠けたり勝手に休息したりしていると、大僧正様から「病気が治らなくていいのだったら、さっさと家に帰れ。」と、烈火のごとく怒られたそうです。

 皆さん、あちこちの病院を回ってよくならず、最後に蓮華院を頼ってきた人ばかりで、仮に家に帰ったところで迷惑になることは百も承知なので、きついのを我慢して身体の弱い人は弱いなりに、強い人は強い人なりに、とにかく一生懸命労働奉仕をしていたそうです。大奥様によると、病気で体重三十キロにガリガリに痩せた女性でさえ、モッコにほんの一握りの土を載せて、建設労働をしたこともあったとのことです。

 塚本さんは当時三十才くらいでしたが結核で身体が弱く、大した仕事は出来なかったそうです。しかしそれでも何かしなければならないと思い、お寺の境内に砂を入れようと決心しました。

 お寺から東に三百メートルほどのところに小岱山から流れ出る堺川という小さな川が流れています。当時は川床には砂が流れ、両岸には葦が生い茂った川でした。塚本さんは、いわし箱に縄をつけ地面を引きずって境川まで行き砂を取り、いわし箱を砂で一杯にすると境内まで運んでは砂をひっくり返し、また境川まで行っては砂を運ぶということを繰り返しました。

 病気ですから、一往復するのに一時間以上も掛かっていたそうです。それでもとにかく、お篭り期間中、毎日毎日病気からの回復することだけを祈念しながらこれを繰り返しました。繰り返すうちに身体は少しずつ回復に向かい、作業も早く出来るようになりました。肉体労働をするうちに、筋力や精神力が徐々に回復してきたのでしょう。そして、とうとうお篭りが終わる頃には、境内一面に砂を入れ終わり、そして塚本さんの病気も治り、無事「退院」したとのことでした。

 私は、小学生から大学生に至る頃まで、吉永先生からこうした話を聞きながら育ちました。信仰で病気が治ったというような話は科学的に証明が出来ないので、一般社会では「非科学的」と片付けられます。結核を作業療法で治すということも、今まで聞いたことはありません。

 現在私は大学に勤める研究者で「科学的」な人間のつもりですが、それでもこうした話は今でも私の心に強く印象に残っており、信者の方々に時々話をします。現在では一般の話としては、単に病気から回復しようという塚本さんの強い意志の力が病気を回復させたという説明になりますし、それを手助けするのは医者やカウンセラーの仕事かも知れません。

 しかし宗教的には、その源泉はもちろん皇円大菩薩、大僧正様の霊力であり、全てお任せしようという塚本さんの信仰の力に他なりません。現象としては同じでも、この世ならぬ力を信じた方が同じ意志を持つにも持ちやすいのではないかと思うのです。

 蓮華院にはこのような不可思議な話は掃いて捨てるほどあります。吉永先生の話でたまたま印象に残って記憶している二つの話を書いてみました。頼る者や人生の目標を失ったとき、自分ではどうしようもない状況に陥ったときなど、信者の皆さん方のご参考になれば幸せです。合掌

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