御利益体験談
第28集

皇円大菩薩様に護られて
白血病と闘った三年間

(熊本 MH)

 蓮華院様とご縁を頂いて三十年になります。毎月十三日のご縁日にはお参りに行っております。今回は、貫主権大僧正様直々にお声をかけていただき、私の体験を話して下さいと言っていただきました。

 人前で話をするなど経験がなく、うまく話せるかどうか分かりません。ですが私の体験をお話しすることで、何かのお役に立てるならばと、ご恩返しのつもりでお話しさせていただきます。お許し下さい。

病院に導かれた私と命を削る姉の思い

 三年前の三月十日のことでした。私は風邪で体調が思わしくないため済生会病院に行き、血液検査を受けました。ところがその結果、 「急性白血病ですから、すぐ入院して下さい」と言われました。

 「このままでお帰ししたら、明日はどうなるかわかりませんよ」とおっしゃる先生の声が遠くに聞こえ、頭の中はパニックになりました。気を取り直してやっとの思いで姉を呼び、「蓮華院様にご祈祷をお願いして下さい。私はまだ死にたくありません」と伝えました。

 実は済生会病院に行きましたのは、十年前に一度入院をしていたからです。その時は、ヘリコバクターピロリ菌による胃癌の治療のためでした。その時も姉にはお寺さんに行って一所懸命お参りをしてもらい、手術も受けずにすっかり治りました。これも皇円大菩薩様のお力のおかげであると、身にしみておりました。

 今回も、姉は私の代わりに蓮華院様にお参りに行ってくれたり、一所懸命にしてくれました。母親代わりの姉は、自分の命を削ってでも助けたいと、それは命がけでした。私にはその気持ちが痛いほどよく伝わりましたので、姉達のためにも元気にならなければと思い、がんばりました。三月十日に病院に行く気になったのも、仏様からのご指示だったのかもしれません。後で聞いた話では、あと二、三週間遅れていたら手遅れになるところだったそうです。

抗癌剤治療と副作用の始まり

 入院したその日から抗癌剤治療が始まりました。それからは毎日、副作用との闘いでした。まず、毎日多くの輸血を受けました。長時間、絶え間なく点滴を受けられるように、通常の腕ではなく、首に管を通されました。これをされますと、お風呂はもちろんのこと、自由に動くこともできなくなります。

 副作用では、最初に髪が全て抜け落ちました。女として、これはとても悲しいことでした。退院後、再び生え揃うまで、ずっと帽子やスカーフをかぶっていました。また、輸血を受けた時には必ず高熱が出ました。そんな時は、「南無皇円大菩薩、南無皇円大菩薩」と心の中で唱えると、痛みが和らぎ、熱がスーッと下がったので、とてもありがたく思いました。熱が四十度以上になった時は、苦しくて声も出せないほどでした。

 その時はちょうど姉夫婦に蓮華院様にご祈願に行ってもらっておりました。姉は、偶然寺務所近くを通りかかられた貫主権大僧正様にお会いすることができて、集中治療室で寝たきりの私と、その場で電話がつながり、貫主権大僧正様から「仏様が守っていらっしゃるから、がんばって下さい」と、直接ありがたいお言葉をかけていただきました。私は涙があふれてどうしようもありませんでした。

点滴による栄養補給と無菌室での孤独の日々

 その他にも副作用には苦しみました。激しい吐き気のため、何週間もの間何も食べられずに点滴を受けるばかりでした。そうするとノドにはカビが生えてくるらしく、それを防ぐためのパンキンソンという薬を飲まなければなりませんでした。これには痛みはないのですが、とにかく身震いするほど気持ちの悪い感触で、これを一日に三回も飲まなければならず、とても辛い思いをしました。

 また歯茎が浮き、出血し、口いっぱいに口内炎ができました。豆腐を噛むことができないほど痛く、水も飲み込めないほどの激痛に苦しみました。それから全身が猛烈に痒くなり、一晩中眠れないことが何日も続くこともありました。

 また、なぜか手が真っ黒くなることもありました。両手の指先の皮が全部剥がれてしまったこともありました。それも表面の皮だけでなく、指紋が全て消えてしまうほどの厚さで剥がれてしまい、痛くて痛くて何もさわることができず、自分の顔を洗うこともできませんでした。トイレに行っても自分の手で下着を上げ下げすることがままならないほどで、これが三〜四ヶ月ほど、元にもどりませんでした。指紋は未だにはっきりしていません。

 また、辛かったのは無菌室での孤独の日々でした。白血球をゼロ近くにしてしまうため、無菌で、しかもビニールで囲まれたベッドの上から降りることも許されません。外部からバイ菌を持ち込まないために、見舞いに来た友達との面会もできず、辛く苦しい思いをしました。

 しかし二人の姉が交代で、「あんたが治ってさえくれるのなら、三年でも五年でも続けてもいい」と言って、毎日来てくれました。それがありがたく、うれしく思いました。

心の支えとなった皇円大菩薩様と二人の姉

 このような入院を三年一ヶ月の間に十回繰り返さなければなりませんでした。入院のたびに骨髄液検査をしますが、これは肋骨の中に針を刺して骨髄液を採るもので、たいへん痛くて辛い検査でした。副作用も繰り返して出ました。姉二人は、「あんただからこんな病気を乗り越えられたのよ。もし私達だったら、とても耐えられなかったはずよ。これも皇円大菩薩様のおかげよ」と、いつも言います。

 私も身近な方で、抗癌剤の辛さのあまり、治療を拒んで亡くなられた方を何人も知っています。また治療の甲斐なく亡くなられた方も多いと聞きます。私にとっても抗癌剤治療は毎回辛いものでした。でも私には皇円大菩薩様がおそばについていて下さるからと、がんばってきました。

 そして最後の十回目の入院の時でした。ちょうどお彼岸の中日の、三月二十一日の夜中の三時に、お寺の夢をみてからパッと目覚めました。このようなことはそれまでなく、初めてのことでした。そしてふと気がつくと、六時までかかるはずの点滴が、すっかり空になっていたのです。私は驚いて看護師さんを呼びました。やはり私には皇円大菩薩様がついていて下さる、私を起こして下さったのだ、とつくづくありがたく感じました。偉大なお力を本当にありがとうございました。

 この十回目の入院を経て、「白血病が完全に治りました」と、主治医の先生から告げられました。後は半年後に検査に来ればよいそうです。

 三年一ヶ月かかりましたけれども、皇円大菩薩様、開山大僧正様、真如大僧正様を信じ続けて、命をいただき、生かして下さって、おかげさまでこんなに元気になりました。蓮華院様とご縁をいただいてからもう三十年になりますけれど、もしご縁がなかったら今の私はどうなっていたかわかりません。これからも皇円大菩薩様を信じてお参りを続けたいと思います。ありがとうございました。

 最後に命を削るように尽くしてくれた二人の姉達に、心から感謝の言葉を伝えたく思います。ありがとうございました。合掌

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