1998年10月20日第46号
幸福ニュース

【 幸福になる法 】

人間、皆、幸せになりたいと願っています。不幸せになりたいなどと考える人はいらっしゃらないはずです。では、幸福になるにはどうしたらよいか、考えてみることにしましょう。

全ての宗教でいっている共通点は何かと考えますと、{悪いことをしないで、善いことをしなさい。}ということではないでしょうか。仏教風にいいますと、{諸悪莫作(まくさ)。諸善奉行。自浄其意(ごい)。是諸仏教。}(悪いことをしないで、善いことをしなさい。自分の心を浄め、コントロールしなさい。これ、諸仏の教えなり。)ということになります。

{なぁーんだ}と思われるかも知れませんが、こういう話があります。 詩聖といわれた白楽天が鳥か和尚に{禅の真髄は如何!}と質問したら、{諸悪莫作。諸善奉行。}(悪いことはしない。善いことはやりなされ。)と答えました。白楽天が{そんなことは、3才の子供でも知っていることではないか。}と言うと、和尚は、{3才の童子これを知るといえども、大人ほど行じ難し。}と答えたといいます。

この頃、国の最高学府をでた高級官僚の方々が逮捕されていますが、大人ほど善いことをしないで悪いことをするところがあります。{わかっちゃいるけど、やめられない。}そこに人間の性(さが)をみる思いがします。

そういう我々凡夫にとって救いになる言葉を 伝教大師最澄様がおっしゃっておられます。{一隅を照らすは、国宝なり。}と。(社会の片隅でもいい、何かしら人の役にたつことをしている人は、国の宝である。)と述べられています。

それでは、一隅を照らし、幸せになるには、どうすればいいのでしょうか。他の宗教でもいっていることは、次の4つになると思います。まず第一に{全てを愛する}ことです。全ての人やすべてのものに愛の心を持つことです。キリストは{汝の敵を愛せよ。}とまでいいました。{仏法とは、大慈悲これなり。}とも申します。

第二に全てに感謝することです。人は放っておいても自分の得になることは、ありがたいと思います。幸福になろうと思ったら、選り好みしてはいけません。自分の損すること、いやなこと、迷惑なことでも、できるだけ良い方へ受け止めて、良い方へ生かしていくのが、本当の感謝です。

全ての事、すべての人、全ての物がいつでも100%ありがたいという心境に達した時が、悟っている時です。皆様が本来の仏様に戻っている状態です。それを広い意味で{即身成仏}(この身このまま仏となれる)と言っていいと思います。ま、我々は凡夫ですから、何でもかんでもありがたいというわけにはまいりませんが、何かありましたら、{今度は仏様が何を教えてくださっているんだろう。}と考えてみてください。

第三に{全てを許す}ことです。怨むことと怒ることが一番いけません。{人を呪わば穴二つ。}呪われた人は高枕で、グーグーいびきをかいて寝ています。怨んだ当人の方が自分の怨みのために、体や頭がおかしくなったりすることがありますので、御用心ください。

お釈迦様は{怨みに報ゆるに怨みをもってしては、怨みの炎は永久に消えることはない。赦すことによってのみ、初めて怨みは消えるであろう。}とおっしゃられておられます。あの世にいったら、裁きをうけるのですから、すべては仏様におまかせしておきましょう。許すことによって、あなたは成長し、あなたの器は大きくなるのです。

また、徳川家康も、{堪忍は長久の基。怒りは敵と思え。}と遺訓を残しています。{頭にきたら、十数える。それでだめなら、百まで数えて何も言わない。}これが、アメリカ第三代大統領トーマス・ジェファーソンの行ったやり方です。皆さんも試してみてください。

第四に{人助けをする}ことです。顔でもって、言葉でもって、体を動かして。仕事を通じて。お金とか物を寄付して、等々。

まず、{和顔愛語}です。朝一番、微笑みながら、{おはようございます。}を言いましょう。家庭で、隣近所で、職場で、皆様の笑顔でもって、回りが極楽浄土に近づきます。逆に、朝から角をはやしたりしていますと、御主人が仕事でミスをしたり、子供さんやお孫さんがケガをしたりとかいうことがおきますので、ご注意下さい。笑っていけないのは、お葬式と供養の時だけです。あとは、男性でも、明るい人と暗い人、どちらが好かれるか、すぐおわかりいただけると思います。諺にも{笑う門に福来る}と申します。

次に誉めましょう。人間は人の悪口や批判が大好きです。嫁の悪口を言っていたらお鍋がこげてしまったという笑い話や、酒の肴の一つは上司の悪口と相場が決まっています。でも悪口だけ言っていると、自分の運勢が悪くなります。できますならば、誉め言葉を多く言うようにしてください。特に地位が上になればなるほど、年をとればとるほど、{ありがとう。ご苦労さん。}等の誉め言葉をたくさん言うようにしてください。悪口を言えば悪口が、誉めれば誉め言葉がかえってまいります。

{小さな親切運動}というのがありますね。それをまず、身近なところから始めてみて下さい。仏教派詩人として有名な坂村真民先生も{二度とない人生だから}という詩のなかで{二度とない人生だから、まず一番身近な者たちに、できるだけのことをしよう、貧しいけれど心豊かに接してゆこう}と詠っておられます。

誰でも簡単にできる{一食布施}という人助けもあります。{1ヶ月90食のうち1食をたべないで、それでもって世界中のめぐまれない人々を救うために使いましょう。}という方法です。食事を抜けば当然お腹がすいてきます。{やはり、食べ物は必要だな、ありがたいな。}ということが体でわかります。

そこで{もし、何々がなかったら?}というクイズをしてみてください。{おふとんがなかったら?}{電気がこなかったら?}{おとうさん、おかあさん、おじいちゃん、おばあちゃんがいなかったら?}もっと広げて、{もし、空気がなかったら?}今、環境問題ばやりですが、皆さんの中で、空気代を払っている方がいらっしゃいますか?{雨が降らなかったら?}{お日様がなかったら?}とこういう風に考えていきますと、{我々が決して自分一人の力で生きているのではなくて、多くの物、多くの人の力で生かされている。}ということに気付かされます。ならば、少しでもお返ししようというところまで、広がってまいります。

ですから、菩薩行として、自分のできる範囲でできる人助けをやってみて下さい。ボランティア活動などもこちらがおそわることが多いのです。まさに{情けは人のためならず}、自分に返ってくるのです。あの世では、お金とか地位は評価されません。どれだけ愛の心をもって人に接したか、どれだけ人助けをしたか、どれだけゆるしたか、等々で裁かれるのです。

そして、お釈迦様の説かれた中道の生活を心がけて下さい。有にも無にも、正にも邪にもとらわれず、迷いをはなれ、さとりにこだわらず、中流に身をまかせるのが、中道の見方、中道の生活です。極端すぎるのは、いけません。右でもない、左でもないところに本当の道があります。現代風にいえば、バランス感覚です。

人生は、楽しみながらの魂の修行場です。自分の思うように生きようとするから、つらいのです。あるがままに良い加減に、(いいかげんでは、ありません。)、他人を愛し自分を愛し、他人を許し自分を許し、できる範囲で小さな人助けをしながら、楽しく日々を過ごしましょう。すべては、光り合い、生かし合っているのです。

最後に、吉本式内観の創始者、吉本伊信先生のお義母さまである、中川りうさんの詩を皆様に紹介して終りたいと思います。

「 道のうた」 森川りう

これから通る
今日の道、新しい道
通りなほしの出来ぬ道。

苦しいことから逃げていると
楽しいことからも遠ざかる。

感謝の心
みんなあるはず出せるはず
勝つ人は強いが
ゆずる人はさらに強い
人の世は、山坂多い旅の道

長所はうぬぼれると
短所になる
短所は自覚すれば
長所となる

やり手になるより
委せられる人になれ
如何ないいわけも
自分の愚かさを
隠すことができない

出来ることはやろうとせず
出来ぬ事ばかり心配している。

知りながら
つい忘れがち親の恩

幸福はどこにも見えず
誰にも知れず
だけどみんなのそばにある

過去が現在を作り
現在が未来を作る
苦しくとも苦しさの中に
学ぶものを見よ
自分より他に
自分を苦しめる者はない

むつかしい事は
知らなくとも
人の悪口を言わないだけで
とくになる

腹を立てまい
つとめて立てまい
腹を立てると寿命が縮む

人を困らせて得たものは
自分の身につかぬ
人の欠点にはよく気がつくが
善行や長所は見のがしやすい

身なりより光るあなたの心懸け
ああして
こうして
計画満点
実行せぬは玉に傷

褒められて
喜ぶ人は多いが
叱かられて
反省する人は少ない

与えても
滅らぬ親切、残る徳
成り行きは
遇然に来るものではない

いやな仕事も喜んでやれば
好きな仕事に変わって来る

人の世話はよく出来ても
人に恩をきせぬ事むつかしい

右でもない、左でもない所に
まことの道がある
仕事も人の心と身になってせよ

金は重宝なもので
神通力がある
ところが
金を我が身の攻め道具にする人がある

豊かだから与えるのではない
与えるから豊かになる

笑顔でお早う
感謝でお休み
希望と感謝と反省の日を重ねつつ
我が生涯を意義深く。

合掌

【坂村真民詩集】
《人の世の波のなかで》

人の世の波のなかで
それぞれの運命を背負い
生き耐えている人たちの
嘆き悲しみが
電波のように伝わってくる
できることなら
そういう人たちの胸に
あかりをともしてあげたい
あかりがともりさえすれば
すべては好転し
嘆き悲しみの幕はとれて
喜びの舞台となる
そのことを告げ知らせたい

《死のうと思う日》

死のうと思う日はないが
生きてゆく力がなくなることがある
そんな時お寺を訪ね
わたしはひとり
仏陀の前に坐ってくる
力わき明日を思う心が
出てくるまで坐ってくる

【仏語集】

人々の憂い、悲しみ、苦しみ、もだえは、どうして起こるのか。それは、人に執着があるからである。富に執着し、名誉利欲に執着し、悦楽に執着し、自分自身に執着する。この執着から苦しみ悩みが生まれる。執着があるから、悲しみや苦しみとなるのであり、執着を離れさえすれば、すべての悩み苦しみはあとかたもなく消えうせるのである。

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