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2023年02月10日大日乃光第2361号
厳しい冬の寒さ、厳しい時代状況、厳しい受験を乗り越えるために

厳しい冬の寒さ、厳しい時代状況、厳しい受験を乗り越えるために
  
受験シーズンも修行の一環
 
信者の皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
大寒の候に入り、十年に一度とも言われる厳しい寒さの中、東日本と言わず全国的にそれぞれの地域でご苦労なさっている事と拝察しています。しかし終わらない冬はありません。春は必ず来ます。私も今、皆さんの顔を一人一人心に思い浮かべ、無病息災を祈りながら本稿を書いております。
 
さて、信者の皆さんのお子さんやお孫さんの中には、高校や大学受験の真っ只中で懸命に勉学に励んでいる方がおられると思います。これは昨年もお伝えしましたが、受験勉強も別の見方をすれば、一種の修行と言えるのではないでしょうか?好きな趣味や遊びの時間を割いて、更には睡眠時間さえも削ってひたすら勉学に励む。それも人生の貴重なひと時です。
 
そんなお子さんやお孫さん達は、どうかこの時期を存分に充実させてもらいたいものです。その努力の先には、きっと新たな世界が広がるに違いありません。人生で今しかないこの貴重な試練を、皆さんしっかりと乗り越えて下さい。それは極寒の冬を過ぎれば、必ず柔らかな春の日差しが訪れるようなものだからです。
 
僧侶の道への転機となった専修学院での修行生活
 
私自身は五十二年前に大学受験に失敗して、開山上人様の御指示で高野山に登り、父(真如大僧正様)の勧めで高野山専修学院(専門道場)に入学しました。私にとって、この専修学院での生活は、受験勉強以上に厳しくも充実したものでした。
 
それまで僧侶として生きて行く事を全く考えて来なかった私にとって、「僧侶とは何か」「佛教とは何か」「僧侶として生きるとは」などなど、多くの学びと気づきを頂いて人生の大転換を果たした、とても貴重な一年間だったのです。
 
この貴重な学びを得たお陰で、高野山大学に自ら望んで入学することが出来たのでした。
普通の受験生にはあまり参考にならないかもしれませんが、私の経験でただ一つ言えるのは、この専門道場での生活で、私は他の人がやらない程に厳しく、人生を賭けて勉学と修行に打ち込んだお陰で、その後の「僧侶としての生きる意味」とでも申しましょうか、僧侶としての肚が座ったのは間違いありません。
 
何かを求めて、何かを目指してひたすら努力していく中で、必ずその道の向こうから光が差してくる事を自ら体験できるのは、今の受験生にとっても、掛け替えのない人生の宝となるに違いありません。どうか、あと少しの辛抱です。目的達成まで、弛まず努力と精進を続けて下さい。心から祈っております。
 
ご子息の未来をお寺に託されて
 
さて、前号(初まいりの法話)ではお伝えできなかった事を、ここでお話し致します。
それは私にとって一番若い弟子の事で、とても嬉しいことがありましたので、報告致します。
その一番若い弟子とは、本誌で度々「新在家勤行次第」と題して佛教や信仰の事を解説してくれている藤井英仁君です。彼は男ばかり三人兄弟の末っ子で、ご両親が長年のとても熱心な信者さんなのです。
 
それは二十数年前の事でした。関東支部布教会で、ご両親が特別指導(面接指導)を受けられました。その相談が終わってから、私はこんな事を言いました。
「貴方方には三人の息子さんがおられますが、その中の一人を私に下さい。お寺に下さい」と。するとご夫妻は間髪を入れずに「はい!分かりました」と言われたのです。私の申し出だけでも普通の人には驚きでしょう。しかし、ご夫妻は何のためらいもなく「はい!」と即答されたのでした。
 
その後、彼は大学受験に失敗してしまいました。そこで私は夏の一定期間、彼をお寺で預かることにしました。その間に、既に私自身が三回以上実修した「虚空蔵菩薩求聞持行」の中で感得していた「皇円大菩薩求聞持行」を彼に伝授しました。そして、彼は奥之院の一角に設えた「求聞持堂」に五十日間籠り、その修行を成し遂げたのです。
 
学業の躍進を導いた厳しい指導
 
その後、佛教学を学ぶために彼は東洋大学のインド哲学科に入学しました。彼の入学後、私はこんな事を伝えました。「君が受ける大学の講座の全てで百点を取るつもりで、全力で学びなさい」と。
 
すると彼は年度の末に最優秀者に選ばれ大学から奨励金を受けました。卒業論文では、紫綬褒章受章の佛教学者である故田村芳朗博士を記念して設けられた田村芳朗賞を受賞しました。
 
大学院の修士課程では、全学中の最優秀者として奨学金全額免除者に選ばれました。そこで私は、「佛教や密教には学問だけでなく、実践と修行が欠かせない。これから高野山の専修学院で修行しなさい」と伝えました。彼は専修学院でも、お寺出身ではない在家の院生の中で最優秀賞を受賞して、『中院聖教』という様々な修法を記した貴重な書物一式を道場から授けられました。
 
その後、東洋大学大学院の博士課程に進学しました。その時私は、「三十歳までに文学博士を取れる様に頑張りなさい」と伝えました。
 
文学博士という学位の取得がどんなに大変な事なのかは、私も知っていました。医学博士や工学博士と違い、文学博士号の取得には時間がかかり、大変難しくハードルの高い最高位の学位なのです。彼もさすがに私が伝えた三十歳までには無理でしたが、何と三十二歳で文学博士号を取得できたのです。
 
その後も研究や論文発表を続けていましたが、昨年は何と、昭和天皇が学術奨励のために下賜された下賜金で設立された日本学術振興会(文部科学省所管の法人)の「特別研究員」制度に推薦され、今後三年間、研究費と生活費の支給を受けながら、海外での研究を前提として広島大学の研究室に籍を置いて佛教研究を続けて行く事になりました。
 
母校の東洋大学のインド哲学科でも、この制度に合格したのは彼が初めてという事でした。
私は彼に厳しく指導や目標設定を課して来ましたが、そんな中で今回ほど嬉しく、誇らしく感じた事はありませんでした。
 
受験生にも勧めたい「求聞持行」
 
この成果は、彼の皇円大菩薩様へのしっかりした信仰と、若き日に実修した「求聞持行」の成果であると確信しています。この修行は、かつて弘法大師様も何度か行じられた修行であり、その功徳は抜群の記憶力と理解力を得られるというものなのです。今受験勉強に励んでいる多くの受験生や、近い将来受験を目指す若い人達に、ぜひこの「求聞持行」を勧めたい所です。
 
しかし、その実修ともなると皇円大菩薩様の御宝号を一日に二万遍唱えても五十日もかかります。そこまできっちりとは言いませんが、日に千遍、三千遍、一万遍と唱えてみて下さい。その内に、次第に無心に唱えられる様になります。そして無心に唱えられる様になると、記憶力が高まるばかりではなく、心が落ち着き平穏な精神を得る事も出来るようになるのです。例え信者さんでなくとも、一度は試す価値が充分にあるはずです。
 
建国記念の日の意味を理解しよう
 
さて、本誌が発刊される二月十一日は、皇紀二千六百八十三年の建国記念の日です。若い人は「皇紀」を知らないと思いますが、そんな人でも「アメリカの独立記念日はいつ?」と聞けば、多くの若者達が七月四日と答える事でしょう。何と残念な現状でしょうか?
 
近年ではそれぞれの誕生日や結婚記念日など、個人的な記念日は大切にしています。それに対して国家や民族の記念日をお祝いする事はなく、ただ単に「建国記念の日」として祭日になっているだけです。
 
建国記念日は、初代神武天皇の誕生日ではありません。現在ほとんどの人が使っているのは西暦です。これはイエス=キリストの誕生日という事になっています。
 
それに対して建国記念日は、神武天皇が奈良地方を都と定め、国内を平和に治めることが出来た。広く遠くの国々を治めながら、さながら一つの屋根に住む家族のように睦まじく過ごせる国家、社会を築いていく事を宣言された日です。これを「建国記念の日」としたのです。
 
神武天皇個人を讃えるのであれば神武天皇の誕生日を記念日と定めても良さそうですが、そうはなりませんでした。国民と共に歩む記念日という意味の建国記念日なのです。西暦に六百六十年を足すと皇紀になります。
 
現在は国家的な危機の時代と言われています。そんな時代だからこそ、国と国民の一体感をさらに高め、深めていく建国記念日を、しっかりと意識して過ごして頂きたいものです。  (一月二十四日記)合掌




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