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大日乃光






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2023年09月22日大日乃光第2381号
先祖供養の功徳が、私達にご利益を及ぼす

令和五年の夏を振り返る
 
信者の皆さん、お元気でお過ごしでしょうか。
九月に入り、こちら九州でも朝夕は少しずつ気温が下がり、コオロギやスズムシの鳴き声に秋の気配を感じるようになりました。
 
さて、先の五月にコロナ禍が五類に移行となって、今年のお盆は四年ぶりに気兼ねなく、懐かしい両親や祖父母の待つ故郷に帰省して、親類縁者で顔を合わせたり、ご先祖様へのお墓参りをして過ごされた事と思います。
 
皆さん達は、コロナ禍の最中に、感染症の拡大を防ぐために故郷への帰省を制限された都会の若者達が、テレビのインタビューのマイクに向かって口々に「故郷に帰りたい」「祖父母に会いたい」「お墓参りをしたい」などと悲痛に訴えるニュース映像が流れていたのを憶えておられると思います。
 
私も当時、その様子を垣間見て、善良な日本の若者達の故郷を思う気持ちや、親やご先祖様を大切にする思いがしっかり根付いている事を確認できて、安堵したものでした。そのような若者達がこの国にはたくさんいて、彼らが受け継ぐこの国の未来に、私は明るい希望を抱き続けております。
 
後に詳しく説明しますが、これまでにも度々お伝えしてきたように、ご先祖様から祖父母、父母、自分へと、縦の命の流れがしっかり繋がっているご家族は、普段は目に見えない根っことなる土台の部分がしっかり安定しています。そんな家庭は必ずや家運隆昌、子孫繁栄のご利益を頂かれる事でしょう。
 
「お彼岸」の意味を解く
 
さて、「暑さ寒さも彼岸まで」と言い習わす秋のお彼岸まであとわずかとなりましたので、例年の事ではありますが、彼岸供養について少しお話し致します。
 
一年の内、太陽が真東から昇り真西に沈む日を「春分の日」と「秋分の日」と言います。
これを佛教的に言えば、春・秋のお彼岸の「中日」となります。この中日とその前後三日、計七日間がお彼岸です。
 
そして秋の彼岸の中日は「先祖に感謝する日」と法的にも定められています。国民の祝日として、ご先祖様を敬い、供養の誠を奉げる日と決まっているのです。
 
佛教では、悩み、迷える私達の住むこの世を「此岸」(しがん)と呼び、悟りの世界、安楽の世界、佛教徒にとって理想の向こう岸の事を「彼岸」と言います。この「彼岸」には実は「浄土」とほぼ同じ意味があります。中でも「西方浄土」と言えば、西方十万億土にある阿弥陀如来様の浄土として耳にされる事もあるかと思います。
 
佛様の数ほど様々な浄土がある
 
そもそもこの「浄土」という言葉は、お釈迦様が沙羅双樹(さらそうじゅ)の下で入られた涅槃(ねはん・完全なる寂静、悩みの消え去った世界)を、後に大乗佛教が多くの人々に布教し、一人でも多くの衆生を救うために表わされた佛様の国、佛様の住まわれる世界の事なのです。
 
ですから佛様の数だけ様々な浄土があります。具体的には、「東方浄土」は薬師如来様や阿如来様の浄土です。観音菩薩様の浄土、別名「普陀落浄土」は南方にあると説かれました。
その他にも様々な佛典には、東・西・南・北・上・下と、まさに四方・八方・十方に浄土があると説かれているのです。
 
そういった佛教の歴史の中でも、最終発展段階で生み出されたのが真言密教です。この真言密教、つまり真言宗の浄土は「密厳国土」(みつごんこくど)・「密厳浄土」と言って、大日如来様の浄土なのです。
 
真言密教の説く現世利益とは
 
この真言密教の説く「密厳浄土」では、死後の世界ばかりに浄土を見い出すのではなく、私達が今生きているこの世そのものが浄土である、という考え方によって成り立っています。
これは「今日、ただ今の、この世を浄土にしよう」という発想なのです。
 
この事を開山上人様は、「蓮華院の信仰は、『二世安楽』を皆さんに得て頂く為のものです」
と、よく仰られました。「二世安楽」とは、来世の極楽往生・成佛だけでなく、生きているこの世でも幸福にならねばならない、という意味です。
 
また先代真如大僧正様は、「願い事を叶えるためには、み佛様のみ心に適う生活をし、み佛様に褒めて頂く事が大切です。そして地球からも喜んでもらえるような生き方をしなければいけません」と仰られました。
 
この地球からも喜んで頂く事こそ、「密厳浄土」に住む資格のある生き方であり、地球上の生きとし生けるものすべて(衆生)が光り輝く時、この世が「密厳浄土」に変わるのです。
その境地には、もはや希求する彼岸さえもなくなり、彼岸と此岸が繋がった「二世安楽」の世界が広がるのです。
 
彼岸供養に当たっての心構え
 
皆さんには、死後の安楽の世界(浄土への極楽往生)ばかりを求めるのではなく、この身、今生を生きる中で、ご先祖様から伝わる尊い命を享けて生かされ、生きている事への深い理解と、篤い感謝の心を大切に、供養をして頂きたいと思います。
 
朝日を浴びると、時に境内の雑草でさえ光り輝く時があります。一年草の何十倍も生き長らえる私達人間は、たとえ自ら光る事は出来なくても、倦まず弛まず善業を積み重ねる事で、一生の内に佛様の智慧と慈悲の光を浴びて、その光を反射しながら生きていきたいものです。
 
先祖供養を勧める意味
 
蓮華院では正月供養・お盆供養・春秋の彼岸供養を「四度供養」と呼び慣わし、長年のお寺の伝統行事としてきました。
 
「祈祷寺の蓮華院で、なぜ先祖供養を勧めるのですか?」という質問を受けた事がありますが、実はこの先祖供養こそ、先の「二世安楽」の御祈祷の大切な要素なのです。
 
当山に御縁があってまだ日の浅い方のために、先祖供養について、今の朝ドラのモデルの牧野富太郎博士にあやかって、植物の営みに喩えて説明してみましょう。
 
ある年に猛暑で庭木が枯れた事がありました。それらの木は表面上、目に見える限りは立派な枝ぶりの庭木でした。しかし植えてから間もなかった事もあり、まだ充分に根が張っていなかったのでしょう。
 
植物は、幹や枝葉など地上の目に見える部分と同じくらいに、目に見えない地下に根が伸びて広がっています。大きな根の先で小さな根が枝分かれし、その先端には無数の産毛のような毛根がびっしり生えています。根は縦横無尽に地下に広がり、先端の毛根からたくさんの水分や養分を吸収しつつ、地上の部分を支えているのです。この根が充分に育っていない木は、暑い夏に旱魃が続くと耐え切れずに枯れてしまうのです。
 
 
ご先祖様に善業を振り向ける
 
植物が目に見えない地下の根に支えられて生きているのと同じように、佛教では、私達人も目に見える現実世界(現世)での営みや行為、繋がりだけで生きているのではないと教えています。
 
この世で死んでは生まれ変わり、また死んでは生まれ変わりを繰り返す「輪廻転生」の、その人の長い過去世(前世)の中の善い行い(善業)や悪い行い(悪業)の蓄積に陰で支えられていると説きます。さらにこの輪廻転生は、多くの直系のご先祖様達にも深い繋がりがあります。
 
山の木々の自然の営みをよく見ると、秋から冬にかけて葉を散らした木は、その落葉が積もり積もって堆肥となり、自然に肥料となって地下の根を養って行きます。根に養分を与えられた木は、根から力を吸収して地上の幹を太らせ、成長して更に葉を繁らせていきます。こうして大木となった木も、いつしか成長を終え、その役割、使命を終えた後、枯れ果ててついには大地の土となり、付近の別の若い木々の栄養となるのです。
 
当山で修している「四度供養」などの先祖供養は、植物で言えば根に肥料を施す事に当たります。自分自身の生活の一部をご先祖様に振り向けるので、追善供養(ついぜんくよう)とか廻向供養(えこうくよう=供養の功徳を先祖様に廻らし向ける)と言うのです。
 
立派なミカンを願うならば
 
この事を開山上人様は、「立派なミカンを収穫したいと思うなら、ミカンの木を大切にし、根には充分肥料をやらなければならない」とよく喩えて仰られました。
 
立派なミカンを収穫するという事は、私達がご利益を頂き、幸福な人生を送るという事に他なりません。肥料をやるという事は、感謝の心をもってご先祖様を供養するという事なのです。
 
このように申しますと、近代合理主義者や唯物論者達からの、「先祖供養が今の幸、不幸に何の関係があるものか!!」と言う反論が聞こえて来そうです。
 
しかしひたすら多くの収穫をと追求して来た近代的な農業は、収穫量の面では確かに成功したかもしれませんが、昔ながらの土作りを大切にする有機農法や自然農法で作られた野菜に比べると、栄養素やミネラルの面で大きな違いがあります。まして味には、はっきり差があります。
 
一昔前の農業では、全ての植物は窒素・リン酸・カリウムの肥料の三要素さえあれば育つと思われていました。ところがその後、研究が進み、それ以外にも様々な養分が必要であると解ってきました。
 
この様に科学の世界でも、ある時点では解っていなかった事が、後になって明らかになったり、常識的な事が覆される事が多いのです。
 
だとすれば、将来、人間が生まれ変わり死に変わる「輪廻転生」や、先祖供養の意味が解明され、一般に広く理解される日が来るかもしれません。
 
現に、先の六月大祭で皆さんにご紹介した田坂広志博士の「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」のような最先端の量子科学がもたらす新たな知見では、佛教における意識の在り方や死生観について、新たな視点で肯定されつつあるのです。
 
この世にはまだまだ人知の及ばない事が多いのです。それに対し、今の科学的知見だけで全てを合理的に説明したり否定できると考えるのは、人類の傲慢に過ぎないと思います。
 
実り豊かな人生を送るために先祖供養を大切にしよう
 
このように、彼岸供養などの先祖供養は、今を生きる私達の根っ子とも言える無数のご先祖様方に肥料を施すような事なのです。樹木にたえず肥料を施していると豊かに繁り、多くの実を実らせるように、供養の功徳が目に見えない内に作用して、結果として、現実の私達の生活が豊かになるのです。
 
これとは逆にご先祖様をないがしろにし、不平不満ばかりの生活を送って行くと、いくら恵まれた環境にあっても決して幸福にはなれません。
 
日本の素晴らしい伝統行事でもある秋のお彼岸で、一人でも多くの信者の皆さんが、ご先祖様を感謝の気持ちで供養して頂きたいものです。お佛壇へのお参りやお墓参りを家庭の伝統行事として行って頂き、その功徳を未来の世代に引き継ぎ、ご利益を頂かれますようにと念じております。
 
既にお伝えしておりますように、当寺の霊園でも、来たる二十三日、全体供養を厳修致します。全体供養の後、長女夫婦による観月コンサートも催します。事情の許す方は御廟にてご一緒にお参り頂きますよう願っております。合掌




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