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大日乃光






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2020年04月18日大日乃光第2271号
全国の信者一同心を合わせて『般若心経』を写経しよう

「全国の信者一同心を合わせて『般若心経』を写経しよう」
 
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六月十三日のお参りに向けて
 
今日は大事な事を発表致します。すでに『大日乃光』四月十一日号でお伝え致しました、六月大祭についての事です。
 
有難い事に、新型コロナウイルスの感染者の多い東京や大阪、名古屋の各都府県の信者さんからは、六月大祭で遠くからお参りに来てしまうと、却ってお寺に迷惑をかける事になるのではないかと、寺務所に心配のお電話も頂いております。
 
お寺でも毎週火曜のスタッフ会議で六月大祭の打合せをして、貫主大僧正様にご相談申し上げ、以下の決定を致しました。
 
六月十三日は、通常の御縁日と同じ十時からの日程で御遠忌法要のお参りを致します。お参りの前に出来るだけ消毒をして、お参りの間は換気をします。前日の行事や寺内宿泊は致しません。
 
また、ウイルスや細菌に効果があると言われる次亜塩素酸を散布する加湿器を、本堂に手配致します。
 
行事としては、十三日の十時から長めにお参りをします。『般若心経』七巻をお唱えし、僧侶衆で『理趣経』等を唱え、その間に貫主大僧正様に護摩を焚いて頂きます。いつもは全体で四十五分程になるお参りを一時間程度に延ばした念入りなお参りを致します。そして貫主大僧正様に少し長目に御法話して頂く形で執行致したいと思います。令和二年の大祭はこの様に執り行います。
 
国家安泰を祈り続けた日本佛教
 
さて、ご承知の通り、佛教は飛鳥時代(聖徳太子の頃)に日本に伝来しました。そして佛教を、国を治める根本とする国造り「鎮護国家」が進められました。その後、奈良時代に東大寺の大佛様が建立されましたが、「国家安泰」がその第一の願いでありました。
 
第四十五代聖武天皇の「天平」の御代には東大寺をはじめ、薬師寺や唐招提寺などの絢爛たる寺院佛閣やそこに祀られる佛像が次々に建立され、正倉院の文物で名高い天平文化が花開きました。天平時代は奈良時代の中で最盛期となり、全ての時代を通じて日本で最も佛教が重きをなした時代になりました。
 
しかしこの天平時代は、同時に度重なる天災に見舞われた苦難の時代でもありました。天平六年(七二九年)四月、「畿内七道地震」と言われ、マグニチュード七と推定される大地震が起こり、その頃から恐ろしい疫病が全国に蔓延するようになりました。
 
天平のウイルス大流行
 
それは今回の新型コロナウイルス以上に、人類史上何度も恐ろしい猛威を振い、二十世紀(一九八〇年)になってようやく地球上から根絶された天然痘ウイルス(疱瘡)の、国内で初めての大流行でした。
 
推計では、この疫病により当時の日本の人口の四分の一以上とも言われる百万から百五十万もの人々が亡くなり、朝廷の政務さえ停止される大惨事になりました。流行の原因は今日と同じく、やはり感染した人々の移動による伝染でした。
 
天平九年(七三七年)になると、当時、聖武天皇の元で国政を担っていた藤原家の四兄弟が相次いで亡くなるなど事態が深刻化しました。
 
この疫病によって多くの農民が死亡、もしくは難民となり、収穫量が激減した上に、さらに旱魃などの悪天候も重なって飢饉が起こり、沢山の餓死者が出ました。朝廷では税の減免など様々な施策がとられましたが、こうした負の連鎖によって社会不安が続きました。
 
奈良の大佛に込められた祈り
 
当時、災害や疫病などの異変は時の為政者の資質や悪政によって引き起こされると考えられていました。疫病の流行に責任を感じられた聖武天皇は佛教への帰依をますます深め、天平十五年(七四三年)、東大寺並びに盧舎那佛像の建立を発願されました。また全国各地にも、国分寺と国分尼寺を建立されたのです。
 
この盧舎那佛は一般には「奈良の大佛さま」と呼ばれています。正式には『華厳経』というお経に説かれた佛様で、密教で説かれる大日如来に相当します。
 
聖武天皇の大佛造立の詔は次のような内容でした。
「私は天皇の位につき人民を慈しんできたが、佛の恩徳は未だ天下にあまねく行きわたってはいない。三宝(佛・法・僧)の力により天下が安泰になり、命あるものすべてが栄えることを望む。ここに、天平十五年十月十五日、菩薩の(衆生救済の)誓願を立て、盧舎那佛の金銅像一体を造ろうと思う。…後略」
 
こうして大佛の建立が始まり、延べ二百六十万人、現在の費用で四千七百億円もの工費を費やして、九年後の天平勝宝四年(七五二年)四月に開眼供養会が挙行されました。当時、聖武天皇はすでに娘の孝謙天皇(後述)に譲位され、上皇として光明皇太后と共に式に臨まれました。
 
導師を務めるインド僧の菩提僧正(菩提僊那)を初め、万余の僧侶、文武百官が列席する中で、日本、唐、新羅、林邑(今の東南アジア)等の国際色豊かな舞楽が奉納され、参列者は一万数千に及んだと言われています。
 
大佛様の瞳を描き入れる開眼の儀式は、聖武上皇が体調不良のため導師が代行しました。
その開眼に使用した筆には長大な縷(紐)が取り付けられ、列席の人々はこの縷に触れて大佛様に結縁されたという事です。
 
東大寺と西大寺は父娘二代に亘る願いの結晶
 
疫病の大流行は天平十年(七三八年)頃には終息に向い、その後、国内では当時ほどの壊滅的な被害は二度と起きなくなりました。しかし聖武上皇が崩御されると、大佛建立に伴う人々の辛苦や政治の無道を理由に橘奈良麻呂が九州で挙兵するなど、依然国情は安定しませんでした。
 
その後、惠美押勝(藤原仲麻呂)の乱の戦勝を祈念して称徳天皇が発願された金銅四天王像をお祀りするお寺として、天平神護元年(七六五年)に西大寺が建立されました。
 
称徳天皇は聖武天皇の娘、安倍内親王が後を継いで即位された女性天皇で、第四十六代孝謙天皇として即位。その後一度退位されて上皇になられた後、再び第四十八代称徳天皇として即位されました(このお話は、お正月に貫主大僧正様が御法話なさいました)。
 
父聖武天皇の東大寺に対し、称徳天皇の西大寺は創建当時、薬師金堂、弥勒金堂、四王堂、十一面堂、東西に五重塔などが立ち並ぶ壮大な大寺院でした。こうして聖武天皇の願いは、娘の称徳天皇によって受け継がれたのです。
 
各地の寺院や神社の多くは、このように病魔退散の祈願や、または国難を治める為に建立されました。
 
「怨親平等」の叡尊上人の祈り
 
その内の一つが佐賀の東妙寺で、国難を治める為に後宇多天皇の勅願によって唯円上人が創建されました。その時の国難とは元寇の事です。
 
先の称徳天皇が創建された西大寺を鎌倉時代に中興された、興正菩薩叡尊上人の『感身学正記』に、次の内容が記されています。
 
弘安四年閏七月一日、南北二京の僧五百六十余人が石清水八幡宮の宝前に集会して一味和合して勤行した。叡尊はこの折、次のように述懐した。
 
「平城御宇における八幡宮の御託宣の例をもって外敵降伏を訴えた。即ち、八幡大菩薩におかれては、東風をもって敵船を本国に吹送り、乗人を損傷することなく乗船を焼失させ給うように、云々」と。
 
ところが述懐後ほどなくして大風が吹き、雷鳴が轟き、西方に向って移動して行った。(…中略…)
九日、民部大夫政康の使者から次のような報告が入った。「異国の兵船は去る閏七月一日の大風によって皆破損し終った、云々」と。
 
叡尊上人の祈願は、元が攻めて来ないように、また攻めてきても一人の命も損わず、一兵の命も失わず無事故国に吹き戻し、乗船だけ焼き払って下さいという内容でした。ところが実際には後世「神風」と呼ばれる大風が起こり、元の船は全て破壊され、元軍は壊滅しました。
 
蓮華院の前身、浄光寺もその元寇の頃に、肥前国筆頭寺院の東妙寺と並ぶ肥後国筆頭寺院として、元寇退散祈願のためにここに建立されたのです。
 
御宸翰に遺された天皇陛下の大御心
 
さて、その後の歴代の天皇陛下の中には疫病を鎮める為、または国難を治める為に『般若心経』を写経して納められた故事がいくつもあります。
 
平成二十九年ですから三年前、今上陛下が皇太子の時、お誕生日の際の記者会見で以下の事を述べておられます。(一部省略)
「昨年の八月、私は洪水など天候不順による飢饉や疫病の流行に心を痛められた後奈良天皇(戦国時代)が、苦しむ人々のために諸国の神社や寺に奉納するために自ら写経された宸翰般若心経を拝見する機会に恵まれました。
 
紺色の紙に金泥で書かれた般若心経の一つの奥書には「私は民の父母として、徳を行き渡らせることができず、心を痛めている」旨の天皇の思いが記されておりました。
 
災害や疫病の流行に対して般若心経を写経して奉納された例は平安時代に疫病の大流行があった折の嵯峨天皇を始め、鎌倉時代の後嵯峨天皇、伏見天皇、南北朝時代の北朝の後光厳天皇、室町時代の後花園天皇、後土御門天皇、後柏原天皇、そして今お話しした後奈良天皇などが挙げられます。
 
私がこの後奈良天皇の宸翰を拝見したのは八月八日に天皇陛下のおことばを伺う前日でした。時代は異なりますが、図らずも二日続けて天皇陛下のお気持ちに触れることができたことに深い感慨を覚えます」
 
最も古くは第五十二代嵯峨天皇が『般若心経』を書いて大覚寺に納められました。その後も八人の天皇陛下が『般若心経』に限らず写経をされ納経しておられます。
 
皆共に祈りの法灯を輝かせよう
 
この度の世界的な疫病に際し、過去の例に倣って疫病退散のため、並びに犠牲者追福菩提のために、信者の皆さんと共に写経をする事を貫主大僧正様が発願されました。
 
またこういう時代だからこそ、世界中の病魔が鎮まり幸せに過ごせるように私達僧侶を中心にしっかりお参りを続け、六月十三日にも全国の信者の皆さん方と心を一つにして、しっかりお参りしたいと思っております。合掌
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