2025年07月07日大日乃光第2435号 貫主権大僧正様御親教
ご先祖様への感謝の気持ちで自分の心を見つめ直そう
ご先祖様への感謝の気持ちで自分の心を見つめ直そう
皆さん、六月大祭にようこそお参りでした。 遠い所、近い所、それぞれにお越し頂いて有難うございます。中には年に一回しかお参り出来ない方もおられますので、心に残る話をしなければと思っております。
さて、今、アルティック(ARTIC/認定NPO法人れんげ国際ボランティア会)ではインドで支援活動を実施しています。しかしインドは今や、日本をGDPで追い抜くぐらいの経済的勢いがあります。そんな国を相手に、なぜ支援をしなければいけないのかと疑問に思う方もおられるかと思います。それももっともなご意見だと思います。 しかしインドは私達仏教徒にとって特別な国なのです。
大仏建立を支えた行基菩薩と菩提僊那
約二千五百年前にインドで生まれた仏教が、中国から朝鮮半島を経て、今から千五百年ほど前に日本に伝わりました。 約千三百年前の聖武天皇の御代には全国に国分寺と国分尼寺が置かれ、その総本山として東大寺が建立されました。
東大寺と言えば奈良の大仏様ですが、仏教伝来からわずか二百年の内に、世界最大の金銅製の仏像を顕現したのです。 日本の外来文化への受容力と、聖武天皇の深い帰依によって、仏教が日本の国を様々な部分で支える宗教として定められたのです。
東大寺の大仏様の開眼供養会で導師を務め、実際に筆をとって眼を入れたのは、南インド出身の菩提僊那というバラモン僧でした。 東大寺の建立にあたっては、困窮者の救済や社会事業などで当時庶民の間に広く尊崇を集めていた行基という僧侶を、勧進(今で言う募金活動の責任者)に抜擢しました。 行基の活動は目覚ましく、信者や支援者と共に全国津々浦々に行脚し、この一大国家事業への支持を集めると共に、たとえひと握りの米粒であっても献納をという聖武天皇の願いを人々に説いて回ったのです。
当時は国が認めなければ正式な僧侶として認められていませんでした。行基もその一人で、東大寺の勧進に任ぜられる前は、その活動を国から厳しく弾圧されていたほどでした。 しかしこの国家プロジェクトを始めるに当たり、行基の影響力を国が認め、その絶大な勧進の功徳により、遂に朝廷から日本初の大僧正位が贈られたのです。 残念ながら大仏造営中に行基は入寂されました。朝廷はその功績を称えて菩薩号を追贈し、その遺徳は千三百年後の今も「行基菩薩様」として人々の信仰を集めています。
それより前、先のインド出身の菩提僊那は、チャンパ(林邑/ベトナム南部)僧の仏哲、唐(中国)僧の道璿と共に太宰府から入国し、難波津で行基の出迎えを受けて平城京に入り、やがて開眼供養会に臨んだのでした。 開眼供養会では皇族をはじめ百官が参列する中で、五千人もの僧侶が礼拝読経し、国風の五節の舞等と共に唐楽・呉楽(中国)、渤海楽・高麗楽(朝鮮)、林邑楽(東南アジア)、天竺楽(インド)など、雅楽として今日に伝わる国際色豊かな舞楽が奉納演舞され、仏教に基づく国づくりの有り様が国の内外に向けて大きく宣揚されたのでした。
インドでの支援活動は仏教文化へのご恩返し
聖武天皇は自ら「朕は三宝の奴なり」とまで仰せられて、全国各地に寺を建立された方です。 それ以来、日本では古来土着の神々を奉じてきた神道と仏教が上手に和合しながら民の心を支え、社会の安寧を支え、平和を支えてきたのです。これは紛れもない事実です。 こういった二つの宗教が互いに相争う事無く和合に成功した例は、他に類を見ません。
その一方の仏教を生み出し、日本にもたらした大恩あるインドに対する恩返しは、私にはまだ全然進んでいるとは思えません。 かと言って、一つのお寺とその信者の浄財によって出来る事には限りがあります。 今のアルティックによるインドへの支援活動は、その大部分が国の予算からの一部を行使する形となっています。ですから、日本国がインドに恩返ししているのも同然なのです。
そういった国レベルのご恩返しの活動を、アルティックが主体となって行えるようになったのも、皆さん達の浄財を基にしたこれまでの様々な活動、難民支援や学校建設などの国際協力や、国内での災害時の支援活動等を通じての信用と実績があったからなのです。 この事業の意義と誉れを、信者の皆さん達と分かち合い、喜び合いたいと願っております。
日本人がよく知らない海外からの称賛の声
さて、そこに「如実知自心」と板書してもらいました。この言葉は本来の自分を深く知るという意味ですが、一方では、 ・自分が知る自分 ・他者が知り、自分は知らない自分 ・自分が知り、他者は知らない自分 ・自分も他者も知らない自分 この四つの自分があるのです。 それは国や、日本人についても当てはまります。
私は、日本人は自身の事をあまりにも知らないと思っています。 インターネットでは外国人の日本に対する憧れや称賛の声がたくさん上がっています。 治安の良さ、公共でのマナーの良さ、交通手段の良さ、そして人々が親切である事。 日本への旅行者に尋ねると、六割の人がまた来たいと答えているそうです。 一昔前の古き良き時代の人間関係が残っていると感じる人も沢山いるのだそうです。 私達がご先祖様達から受け継いできた「困った時はお互い様」とか「もったいない」などの言葉に象徴される精神性が、社会の隅々まで脈々と行き渡っているからでしょう。 日本では安心して過ごせる、こんな良い国はないと、多くの人から思われているのです。
現代文明の中枢を担う日本の高度な技術力
それから日本の高い技術力も称賛されています。 昔から日本には石油や鉄などの天然資源が殆どありませんでしたが、水素エネルギーや太陽光発電における新素材の活用などで、今や世界のトップランナーとなっています。
また各国の共同によって開発のピッチが加速しつつある核融合発電においても、その中核部分は日本の技術によるものです。 そして海洋探査技術も世界最先端です。 それによって海底の鉱物資源やエネルギー資源を入手し、エネルギーや資源の問題が解消できる所まで来ています。
また「日本が止まれば、世界が止まる」という格言もあるのです。 これは今日の様々な家電製品、スマホなどの通信手段、各種乗り物の動力から正確無比な交通管制システム、工場の製造設備、医療分野等々における全ての電子制御機器の中枢部品の殆どが日本の技術で出来て日本で製造されているので、それらの部品の供給が滞ると、極端な言い方をすれば「日本が止まれば、世界が止まる」とさえ言われるほどなのです。
先祖供養が培った謙虚な公徳心
そんな日本の事を世界中のAI研究者が注目しているそうです。そして世界を平和に導く力を持っているのは日本であると結論が出ています。日本は経済力も殆どなくなったと言われますけれどもそんな事はないのです。 日本は先進的な高い技術力だけでなく、人間力や社会力でも世界を導く力を持っていると結論付けられているのです。
ですが、その事を伝えられて知ったとしても、日本人は決して驕り高ぶりはしません。 そういった謙虚な国民性もAIが絶賛している一つの大きな理由なのです。 しかしこれからは、私達もこの国に自信と誇りを持ち、この安全な社会を次の世代へと受け渡すという役割をもっと自覚する必要があると思います。
私達の謙虚な心の根底にあるものは、私達が先祖供養をする、日々のお参りの中でご先祖様を尊ぶ気持ちなのです。 私自身、父母やご先祖様の事を毎朝、毎晩思い出しながらお参りしています。 そしてお参りの最後には、必ず「有難うございます」と、皆さん達もこう結びますよね。 子や孫達と家族一緒にお参りされている方は、そこで自分の思いをしっかり伝えて下さい。 お爺ちゃん、お婆ちゃん、ご先祖様達の素晴らしかった事を伝えて下さい。 それが先祖供養と同時に大事な事なのです。
先祖の物語を伝える。ご先祖様が遺して下さった、様々な生きた教材がたくさん目の前にあるはずです。私達は日々の生活の中でそれを活かしながらお参りする。 そしてそのご先祖様への感謝の気持ち、そして少々褒められても天狗にならない謙虚な気持ち、心。そして困ったときはお互い様と互いに助け合う心。 それはご先祖様達が、そういう徳目を積み重ねて来て頂いたお陰なのです。
神仏習合に根差した寛容な社会
阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本震災、最近の能登半島地震と、大きな災害が起きる度に発揮され、世界中が讃嘆した日本人の高い道徳性、静かな助け合いの精神。 日本を取材する海外のマスコミは、盗みや暴動を起こさずに、こういう時にでもお互いに譲り合い助け合う人々の姿に驚嘆しました。 しかし私達からすれば、こういう時だからこそ自然に当たり前に助け合う。 この違いは、それこそ縄文時代から受け継いできた日本人の血、思い。 冒頭で話したように、佛教と神道が和合し、結びつく中で育まれてきた宗教に関する深い寛容性に根差していると思います。
私達はよく「神仏のお陰」と言います。普段から神仏を一緒に考えています。 いつもお縋りするだけではなく、時には「こうさせて頂きました」とご報告もする。感謝し、お礼を申し上げる。 この心を培ってきたのは、先人達から脈々と続いてきた日々の生活や日常での暮らしの在り方です。 「もったいない」といった精神は今、世界に広まりつつあります。これが世界の混乱を少しでも納める良いきっかけになるのではないかと提言する学者もいて、活動している人々もいるのです。
戦後八十年の節目に当りご先祖様に感謝を捧げよう
今年、戦後八十年を迎えるに当たり、私達は日本の歴史をご先祖様の事蹟として、もう一度しっかり見つめ直し、子や孫達に伝え、教えていかなければなりません。 大きな災害の度に発揮された、高い道徳性と助け合いの心は、苦しい時代を生きた親や祖父母、その先のご先祖様達から受け継がれてきた大切な遺産なのです。
戦中の日本文学への興味関心に始まり、やがて日本文化研究の世界的権威となられた故ドナルド・キーンさんは、日本人の変わらぬ本質、精神性をよく理解されていました。 そして東北震災で余震が続く中、被災者達が支援物資を受け取るために静かに列をなして並ぶ姿を見て、キーンさんは、同じ日本人になってこの人達と共にありたいと願われて、日本に帰化されました。
震災を通じて表れた、現代を生きる私達の心持ちと、戦前戦中の人々の心持ちは一貫して、何も変わるものではなかったのです。 そこでいま一度、自分自身の心をしっかり見つめ、父母や祖父母の恩愛を振り返り、ご先祖様から受け継いだ心根で真実を問い掛けて頂きたいと、切に念じております。合掌

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