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大日乃光






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2021年01月22日大日乃光第2295号
令和三年の初まいりに当り日本を元気にする三項目を実践しよう

病苦の試練に磨かれて益々深まり行く御祈祷力
 
皆さん、新型コロナの中に、全国から初まいりにお参り下さって誠に有難うございます。
 
さて、先程の「けむり護摩」はいかがでしたか? 初めての人は「けむたくて、涙や鼻水が出てかなわんわ」とか、逆に「佛様のお慈悲に包まれ、有難くて涙が出ました」などの感想を持たれたことでしょう。
 
そんな中で最も間近で煙を浴びた私は、この中で一番、皇円大菩薩様のお慈悲に抱かれて、こんなに嬉しく有難い一時を過ごすことが出来て、感謝の鼻水と涙を流しました。
 
ここ数年、私はこれまでに無い試練と修行を味わわせて頂きました。それは二十七年続けてきた「八千枚護摩行」や、十回ほど修してきた「求聞持行」の修行よりも遥かに有難いものでした。
 
全国の多くの信者さん方への深い感謝と、毎朝祈願する方々に対し、
「どうか、この方の病を和らげて下さい」
「この方の運勢が開きますように」
「このご一家が幸せでありますように」
などと、皇円大菩薩様にお伝えする心構えが更に深まった事を実感しています。これは試練を頂いたお陰と、深く深く感謝いたしております。
 
「試練は人を強くする」とか「艱難辛苦汝を玉とす」などと言われる様に、今まさに苦難の中に居られる方は「これこそ、み佛様から頂いた試練に違いない」と思い定めて、感謝の心を持って受け止めて下さい。そこから新たな信心の深まりを実感される事でしょう。
 
良き家庭を作る三項目の習慣
 
さて、この時期の恒例となりましたが、ここからは、新年からの三つの心構えをお伝え致します。
 (一)
家族同士で先ず挨拶を交わす。
   (佛様や御先祖様へのお参り)
(二)食事のとき必ず「いただきます」「ごちそうさま」を互いに言い合う。
(三)玄関などで履き物を揃える。
 
中にはこんな幼稚園児の様な簡単な事を!と言う方がおられるかもしれませんが、意外にこの簡単な事が出来ていない方がおられます。信仰とはどんなに簡単な事でも、先ずそれを実行する事が大切な事なのです。
 
挨拶が、円満な人間関係の土台

 (一)
の家族同士で互いに挨拶する事は、日常生活の基本中の基本ですが、心を込めて互いに挨拶する事は意外に難しいことなのです。
 
そもそもこの「挨拶」とは佛教語で「心を自ら開いて相手の菩提心に迫る」という事で、大変重要でまた難しい事柄なのです。この難しい事を、先ず一番身近な家族同士でしっかりと実践して下さい。
 
それが充分に出来れば、会社や学校などでの人間関係が少しずつ円満になって行きます。
対人関係が上手く行かない人は、先ずは家族との間で思いやりを込めた挨拶を始めて下さい。
 
私は小学生の頃から三十代中頃まで、実は吃音(どもり)で、特に酷かったのは十五歳前後でした。酷い時には教室に入る時、「おはようございます」を言うのにも苦労しました。時には挨拶を言えないまま、教室に入った事が何度もありました。その頃は友達もあまり居ない時代でした。
 
それがある事をきっかけに、そんな心の壁を突破する事ができました。いつか詳しくお話し致しましょう。
 
子供達に伝えたい食事の挨拶

 
(二)の食事の時の挨拶は、かつて「飽食の時代」と言われていた頃には特に食生活が乱れ気味でしたが、近年は残飯を減らそうと言う事もあり、少し良くなって来ていますが、まだまだ充分では無い様に思います。
 
これは子供達を集めての様々な合宿で、三度三度食事を共にします。その時に必ずこんな話をします。
「皆さん合掌したままで聞いて下さい。目の前のご飯もオカズも、全てが元々命を持っていました。これらの命を頂くのです。ですから『いただきます』と言うのです。
 
日本ではほとんどの人が佛教徒です。佛教では全ての生きとし生けるモノは本来平等なのです。そして、これらの生き物は生まれ変わりを繰り返しています。
 
だから今、目の前にある魚や肉は自分の御先祖様かも知れません。ですからそれらの尊い生き物の命を頂くと言う事は、大変な事なのです。ですから私達は目の前にある食物に合掌して『いただきます』と言うのです」と。
 
また、食べ終わったら、
「自分が食べた食事は数えきれない多くの人々によって収穫され、運ばれ、そして調理されて来ました。それら無数の人々のご苦労に感謝の心を込めて『ごちそうさまでした』と言うのです」と伝えて来ました。
 
皆さんも時には子供達にこんな話をしてあげて、一緒に声を揃えて「いただきます」「ごちそうさまでした」と是非言って下さい。
 
心を整える履き物を揃える習慣
 
(三)の「履き物を揃える事」は、家族全員が出来ているでしょうか?出来ていない家庭では、親が先ず模範を示して下さい。親が子供にその都度注意するのではなく、黙って揃えてあげて下さい。「子は親の言う通りにしない。親がやっている様にする」のですから。
 
履き物を揃える事には、心を落ち着かせると言う効能があります。家に入る時、心に一呼吸をして落ち着いて、履き物を揃える事で心が整ってきます。この事が家の外と内とを切り替える事にも繋がってくるのです。履き物が揃えば心も揃うのです。
 
御先祖様方とその苦難の歴史を深い感謝と真心で讃えよう
 
毎年お話しして来た以上の三つの事柄に加えて、今ひとつお伝えしたいのは、(一)の中で佛様や御先祖様へのご挨拶をお伝えしましたが、御先祖様に感謝の真心で挨拶する事は、御先祖様方への心からの感謝がなくては成り立ちません。
 
御先祖様への感謝は、即ち我が国の歴史への深い感謝と同じ事であると私は思っております。
 
私自身の体験では、高校までの歴史教育は戦後教育そのもので、日本罪悪史観に満ち満ちていました。そして高野山大学入学以来、少しずつ高校までの歴史観から解放されて行きました。
 
あの時、身近な御先祖様方がどんな思いで先の大戦(大東亜戦争)を戦われたのか!
この「大東亜戦争」と言う呼び方そのものに何らかの拒否反応をされる方は、未だに戦後の日本罪悪史観を払拭出来ていない一つの証拠です。
 
御先祖様方の命懸けの歩みが無ければ、今の世界はどうなっていたかを少し振り返れば答えは明らかです。どうか、御先祖様が残された歴史を正当に、前向きに理解して下さい。そうでなかったら、私の父母さえも浮かばれません。
 
敢えて申し上げれば、皆さんお一人お一人が二代三代前の方々を批判的に見て、それを子供達に、学校は勿論、家庭でも折りに触れて伝えて行けば、子供たちは自分の御先祖様達を全て否定するようになり、そういった精神土壌からは伸び伸びとした感性や情緒、そして意欲的な意思力などが存分には育たないでしょう。
 
この様な状態が先代世代が引退されて三十年以上続いた結果として、今の日本の何となく元気のない社会や、長年の停滞の原因となっている様に私は感じています。
 
もっと言えば、たとえ万が一にもあまり感心出来ないような御先祖様が居られたとしても、何としても子供達には、「私達の御先祖様は、世界の多くの民族が独立するために我が身を犠牲にして努力されたんだよ!」と伝えて下さい。
 
特にオリンピックが開催されている間に、しっかりと伝えて下さい。その事が我が国が元気になり、それぞれの家庭や地域が生き生きとする大きなきっかけとなるに違いありません。
 
本年の初まいりにあたり、それぞれのご家庭が御先祖様をさらに大切にされる事を念じつつ、法話を終わります。合掌




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