2026年02月23日大日乃光第2442号
凛とした梅の如く「三密」を修し彼岸供養と三項目で幸せを育もう
凛とした梅の如く「三密」を修し彼岸供養と三項目で幸せを育もう
信者の皆さん、ようこそお参りでした。
この三月号が皆さんのお手元に届く頃には水ぬるむ仲春の候を迎えて、暖かい春の日差しを心地よく感じておられる事と思います。
遡って二月一日の第一日曜日には、奥之院の鐘楼堂で午年生まれの皆さんとご一緒に、星まつり・開運豆まき法要を執り行いました。
三日の節分の日と十三日には本院でも信者の皆さんに豆を撒き、五日には奥之院で玉名観光協会主催による第二十二回玉名盆梅展の盛会・安全祈願祭を執り行いました。
厳しい寒さが必要な梅の開花
立春を過ぎて暦の上では春に入りましたが、こちら九州でもしばらくは厳しい寒さが続きました。しかしニュースによれば、今年は全国的に十日ほど梅の開花が早く、熊本県でも平年並みの二月二日に開花宣言が発表されました。
盆梅展の開会式でも梅が開花しておりました。この梅の花が綺麗に咲くためには、一定期間の凍えるような寒さが不可欠なのだそうです。梅の花芽は夏の間に作られますが、秋に咲き始めないように一旦深い休眠に入り、十分な寒さを経てようやく目覚めるのです。ですから暖冬ではかえって開花が遅れてしまう事があるそうです。梅は、西から東へと移動する桜前線とは違って、寒い東日本からでも雪融けを待っていち早く咲き始めるのです。
さてこの梅について、日本では単に花や姿が美しいというのではなく、厳しい冬の寒さを乗り越えて咲く凛とした姿に感銘を受け、共感を見出して大切にしてきました。特にお寺では、年頭に他の花に先駆けて咲く姿が、苦しい修行に耐えて悟りの花を咲かせる仏教の教えになぞらえられました。
真言密教の「三密」の教え
さらに梅の花は、真言密教の最も大切な修行である「三密」にも喩える事ができます。
「三密」は真言密教で、仏様と行者が一体になるための具体的な方法であり、最も根本的な教えです。人が修行(あるいは日常生活の中)で行う三つの営みを、仏様に近いレベルまで高めることを目指します。
「身密」は身体による働きで、手に「印」を結び、仏様の動作と自分の動作を合わせる修行です。
「口密」は言葉による働きで、口に「真言」を唱え、仏様の言葉と自分の言葉を合わせる修行です。
「意密」は心による働きで、心に「仏様」を観想し、仏様の心と自分の心を合わせる修行です。
弘法大師様は、この「身・口・意」が仏様のそれと一致したとき、人はこの身のままで仏になることができると説かれました(即身成仏)。これを「三密加持」と呼びます。加持とは、仏様の慈悲(加)と、私たちの信心(持)が、鏡のように響き合う状態の事です。
真言密教の教えを梅の開花に喩えると
この「三密」を梅に喩えてみると、「身密」は、梅が厳しい寒さに耐えて、凛として立っている姿と言えます。
「口密」は、梅が言葉の代わりに、目には見えない馨しい香りで語っているように喩える事ができます。
「意密」は、梅が内側に秘めた、春を告げようとする生命の意志に喩える事ができます。
梅もまた、そのように「身・口・意」を調えて、五智如来に喩えられる五弁の花びらを開いていると解釈する事ができるのです。
梅の生態は、このように真言宗の「即身成仏」の教えにも通じるものとして考えられました。
「即身成仏」の教えは、苦行や輪廻転生を経て遠い未来に仏になるのではなく、この身このまま、今の自分の中に仏の心「仏性」が備わっているという教えです。
盆梅展の開会式では、まだ花の咲かない枝ぶりだけの盆梅も並んでいました。それは一般参詣者には枯木のように目に映るかもしれません。しかしその内部には、時が来れば花を咲かせる生命力を秘めているのです。
私達人間も、普段は悩みや煩悩に覆われていても、仏様の種を心の中に宿し、悟りの花を咲かせる機縁を備えているという意味で、梅に喩えられるのです。このような梅を境内に植えて大切に育てる事は、教えに通じる修行の一環とも見做されてきたのです。
彼岸供養に悟りの種を蒔く
ここからは、本誌が三月号であり、お彼岸前でもありますので、彼岸供養についてお話し致します。当山では今年も三月十八日から、貫主大僧正様が彼岸供養を厳修なさいます。
この時期になると、貫主様が度々仰ってこられた道歌に思い至ります。
春彼岸 悟りの種を 蒔く日かな
お彼岸には「暑さ寒さも彼岸まで」と昔から言われてきたように、凌ぎやすく過ごしやすい気候になります。そしてお彼岸と言えばお墓参りですが、それだけではなく、この道歌のように「悟りの種」を蒔き、私達が仏様になる、または仏様に近づくのに相応しい時期とも言われてきたのです。
仏教東漸で伝わった教え
ところで「仏になる」「成仏する」という言葉を耳にする時、世間では人が亡くなった事を表す場合が多いようですが、これは間違いです。人は亡くなると亡者(もうじゃ)になるのであって、亡くなれば直ちに仏になる訳ではありません。
人が亡くなったら、遺族や親類縁者の懇ろな供養を受け、僧侶の引導を受けて、ようやく四十九日後に四聖界(声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界)の何れかに往生する、というのがインド伝来の仏教の往生のあり方なのです。
本来の仏教は、人が今生を生きる内に仏になろうとする教えであります。先に述べたように、真言密教では「三密」の行を通じて「即身成仏」を目指します。しかし現実には、修行僧であってもなかなかそう簡単に悟りを得て仏になれる訳ではありません。
仏教は、お釈迦様が初めて教えを説かれてから二千五百年の間に、インドからアジアの多くの地域に伝わりました。その伝わった先々で、その地域の伝統や文化、そして様々な民族の個性に応じて絶えず変化して行きました。
そして仏教以前から伝わる魂の生まれ変わり、つまり輪廻転生の教えも、アジア地域に広く伝わり、浸透しました。
そんな中で極楽浄土は西方十万億土の果てしなく遠い西の彼方にあり、そんな遠い浄土に仏として往生すると説かれました。
身近に感じたご先祖様の浄地
ところが日本では、その九割は神道と仏教が混淆した宗教観の元に生活しています(神仏習合)。そして日本の気候風土は、砂漠のような過酷な環境ではなく、厳しい熱帯や寒冷地でもありません。
そのような環境に生きる私達の感性では、たとえば祖母が亡くなった頃に赤ちゃんが生まれると、「この子は亡くなったお祖母様の生まれ変わりかもしれない」などと、自然に考えたりします。
そんな私達にとっては、遠い西の彼方の別世界に往生するのではなく、すぐ身近で豊かな自然の中、山や川や海に亡くなった方々が居られると思う感覚があります。その意味では私達にとって、故郷の山々がまさに浄土であり、先祖の魂の宿る浄地とも言えるのです。
この暑すぎず寒すぎない極楽のような日本独自の風土の中で生まれ育まれたのが、春と秋のお彼岸の行事なのです。
「彼岸」とは悟りの世界であり、ご先祖様の魂の赴く浄地を「彼の岸」(向こう岸)と言い表した言葉です。その「彼岸」に対し、現に私達の生きる世界を「此岸」、「此の岸」(こちらの岸)とも言い表しました。
ご先祖様に通じる「二河白道」
令和八年のお彼岸の中日、春分の日(三月二十日)と秋分の日(九月二十三日)には、午前と午後、昼と夜の時間がちょうど半々になり、太陽が真東から昇り、真西に沈みます。
仏教にはその事を表す「二河白道」という言葉があります。二河白道とは、まっすぐ西に向かう白く細い道(白道)があり、その道の南側が火の河、北側が水の河(二河)という状態を表した言葉です。人が迷いに満ちた現世=「此岸」から、悟りの世界=「彼岸」に至る過程を比喩的に表されたものです。
お彼岸には、ご先祖様の居られる彼岸とこの世(此岸)の間、火の河と水の河の間に、真っ直ぐで真っ白い道が繋がるとされて、お彼岸にお参りをすると先祖供養の功徳がよく届き、ご先祖様が救われると、昔から説かれてきたのです。
この二河白道の事を「中道」とも言います。中道は、熱い火の河と冷たい水の河の真ん中と解釈したくなる言葉です。ところが仏教で言う「中道」は、ただ単に真ん中という位置を表す言葉ではなく、右にも左にも傾かない、バランスのとれた状態を表す言葉なのです。
この世界には明るい昼と暗い夜があるように、楽しみも苦しみもあります。互いに矛盾し、対立している二つの両極端の間で、バランスが上手くとれて安定している状態、それを「中道」と呼ぶのです。
お彼岸は「暑さ寒さも彼岸まで」の譬え通り、暑くもなく寒くもないまさに「中道」そのものの快適な気候です。
どちらか一方に偏る事は、バランスを崩すという事です。バランスを失えば転倒してしまいます。皆さんも、どうか心と体のバランスを崩さないように、ぜひ心がけてください。
家庭生活の三つの習慣
供養をしてご先祖様を大切にする思いを持つ事と、安定した家庭生活との間には、密接な関係があります。
家族で朝からお互いに挨拶を交わしあう家庭。
食事を一緒に食べ、家族の団欒のある家庭。
父母、祖父母、そしてご先祖様を大切にする家庭では、当然のようにお仏壇に皆よく手を合わせ、春秋のお彼岸にはお墓参りをする事が習慣になっている事でしょう。そんな家庭では、誰も心のバランスを崩さず、幸せな家庭生活を送り、老後や死後も、引き続き幸せな生活を送り続ける子や孫達から大切にされる事でしょう。
春のお彼岸を前に、今一度、貫主大僧正様の家庭生活の三項目、
①互いに挨拶を交わし合う
②食事の時、合掌して「いただきます」「ごちそうさま」をはっきり心を込めて言う
③「はきもの」を揃える
これらをしっかり実践して頂いて、春のお彼岸にはご家族でお墓参りをして頂き、幸せな家庭を築いて頂きたいと念じております。合掌

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